こんにちは、みなさん岩橋です。
桜が満開ですが,みなさんは花見に行かれましたか?花見というと京都が有名ですが、
本日は、桜のことではなく京都ゆかりの坂本龍馬について書きます。
1835年11月15日土佐に生まれた幕末の志士です。1853年8月より2度江戸の千葉道場に出て剣士と知られ、北辰一刀流の免許を得、1861年8月土佐勤王党に加盟しています。
在郷当時、通商航海論に共鳴していた龍馬は、脱藩し江戸で異色の幕臣勝海舟を訪れ、その見識に感激して入門、単純な攘夷論を捨て航海術を修行し、勝の信頼を受け、勝を補佐して活動しました。
龍馬は、松平春嶽、大久保一翁・・・開明の人士らの知遇を得,西郷隆盛と知り合います。その後、1865年5月ごろ薩摩藩の保護を受け長崎に亀山社中を設けて通商航海業に乗り出し、これを媒体として倒幕のため薩長2藩を同盟させる運動に奔走、中岡慎太郎と協力して1866年1月20日京都で薩長同盟を成立させました。
1867年6月、後藤と京都に向かう船中で龍馬は、大政奉還、公議政治などの新国家構想「船中八策」としてまとめ、これが土佐藩論を動かし10月、山内容堂は将軍徳川慶喜に大政奉還を建白、慶喜はこれをいれて朝廷に奉還を上奏、朝廷は10月15日これを許可し大政奉還は、実現しました。その後、龍馬は新政府の構想を練っていましたが、11月15日の夜、京都の近江屋で中岡慎太郎と会談中、幕府見廻組に襲われて斃れました。
龍馬の魅力は、明治維新の立役者ですが、何より誰からも好かれ子供や弱者を大変大事にしたそうです。外国通商や今で言う株式会社等の貿易をつくり出しました。自ら脱藩し自由人になり、封建社会からだれでも実力のある人が上に立てる国を志した人です。
さくら咲き、入学や入社の季節です。わたくしも気持ちを新たにみなさま共々、お子様や弱者が幸せに暮らせるマイホームを提供できる様がんばりますので宜しくお願い致します。










