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能面作家 伊庭 貞一さんを訪ねて

能面作家 伊庭 貞一さんを訪ねて
伊庭 貞一さん
 滋賀に伝わる能楽・能面文化の歴史は古く、 その芸の高さは全国有数だったといわれています。
そんな能の歴史が深い地で、「能文化の伝承を目指したい」 と活躍される伊庭貞一さん。
能楽や能面の魅力、生まれ育った滋賀への思いなどを語っていただきました。

伊庭 貞一さん

住所:滋賀県東近江市能登川町344-12
TEL:0748-42-1116
http://www.biwa.ne.jp/~iba-tmh/

木への郷愁と仏道の歩みが能面づくりの道へ導いた


 
 能面作家になったきっかけは、振り返ると幼少期の原風景にあります。 幼い頃は大津にあった製材所の近くに住んでおり、よく丸太の上に乗って遊んでいました。 また小学校時代は木工作が好きで、ノミやカンナを一式揃えて買ってもらったことを覚えています。 そのように小さい頃からものづくりに慣れ親しんでいたこともあり、 高校卒業後は機械設計の会社に就職しました。 そして20代半ばから禅に興味を持ちまして、京都の禅寺に通い始めます。 実は禅と能は精神性において深く結びついているもので、 当時はまさか自分が能面の道へ進むとは思いませんでしたが、 今になると禅を長く続けてきたことは能を理解する上でとても役立っています。

 その後、30年勤務した会社を退職し、 木彫り教室に通い始めました。脳裏に刻まれた木の香りや温もり、 ずっと続けてきた禅の学びとが相まって、仏像を彫りたいと強く思ったのです。 その木彫り教室で、表情の勉強になるからと勧められたのが能面でした。 教室に通い始めて3年経った頃に「能面公募展」に出品しベスト5に入賞、 その後も入賞入選を重ねるうちに、自分なりに手応えを感じて本格的に能面作家への道を歩み始めました。

能の歴史が深い滋賀の地で能楽・能面文化を伝承したい


 
   そもそも能とは伝統芸能のひとつです。 謡(うたい)や囃子(はやし)にのせて演者が物語を進めていくミュージカルのようなものと言えばわかりやすいでしょうか。能の源流は奈良時代までさかのぼり、南北朝~室町時代に花開いて、江戸時代が終わるまで「式楽」とされ発展してきました。滋賀にも室町時代より能の前身となる「近江猿楽座」 が6座も存在し、日吉座の犬王は能を大成させた観阿弥・世阿弥に影響を与えたといわれています。 また能の演目は現在250ほどありますが、そのうち「竹生島」「三井寺」「志賀」「白鬚」など、 14の演目は滋賀を舞台にしたものです。私はこうした古くから滋賀に伝わる能楽・能面文化を深く探求して、次の世代へ受け継いでいきたいという願いを持っています。
 そこでまずは滋賀県であまりなかった能面教室を開講することにしました。 この教室は15年ほど続けていまして、今では長浜、能登川、米原、八日市、草津、宇治、岡山を拠点に、 70~80名の生徒さんがいます。また13年前には、 能楽の伝承を願っておられる滋賀能楽師さんや呉服屋さんでもある能楽愛好家さんとともに 「滋賀能楽文化を育てる会」を創設しました。 以来、2年に一度のペースで「滋賀能楽能面の集い」を開催し、能面展示や謡仕舞の発表、 能楽師によるレクチャーなどを実施しています。今後も滋賀能楽・ 能面文化の伝承と発展をライフワークに、ずっと夢を追いかけていきたいですね。

繊細な心理描写を伝える深い味わいのある能面が理想

 また能面作家として日々、能面づくりにも打ち込んでいます。 一般的には「能面のような顔」というと「表情に乏しく、のっぺりした顔」という意味ですが、 本当の能面は複雑で奥深い表情を持ったものです。 まず能面の左右は、人間の顔と同じように非対称です。 能のストーリーは執心を持った霊が舞台の左側から登場し、 お坊さんに救われて成仏して帰っていくというパターンが多く、 能面は左の顔と右の顔の表情が違うように作られています。 その能面をつけた能楽師がゆっくりと繊細な動きをつけることで、 喜怒哀楽さまざまな顔を表現するのです。 いい能面とは能楽師の内面を映し出すようなものですから、 私も心身を鍛錬して深い味わいのある能面を作っていきたいと考えています。 これから取りかかるのは、甲良町ゆかりの戦国大名・藤堂高虎を題材にした、 2019年の上演が予定されている新作能の能面づくり。 能という今までなかった分野で滋賀の観光PRにつなげられればと楽しみにしています。

 能文化、能面づくりとの出会いは、退職後の私の人生をさらに豊かにしてくれました。 皆さんも定年後のセカンドライフをどう有意義に過ごすか。 今はまだこれといった趣味やライフワークがないという方も、 ぜひ50代のうちに見つけて始めてほしいと思います。 滋賀には能楽をはじめ素敵な文化がたくさんありますので、 そういった中から何かを再発見してもらえればこれほど嬉しいことはありません。

取材協力:今重屋敷 能舞館


※記事の内容は取材時点での情報となります。あらかじめご了承ください。
(2017年11月取材)

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