紡績時代1946 ─ 1959
昭和21年、第二次世界大戦により荒廃した国土を前に社主は、事業経営を通じて祖国再建に努めたいと、京都に「山城織物」を設立しました。翌年には社名を「綾羽織物株式会社」とし紡績業に乗り出しました。
昭和27年には社名を「綾羽紡績株式会社」に変更し、その2年後には総設備20,000錘を有する中堅紡績会社となりました。
工業繊維時代1960 ─ 1970
昭和35年には自動車産業の進展にいち早く対応し、タイヤコード事業に進出しました。タイヤコードの生産に対して積極的な設備拡充を行った結果、月産1,750トンを達成するような国内トップメーカーとなりました。
その後、新たな工場を設けて航空機・高速道路走行用ナイロンタイヤコードの生産も開始し「工業繊維時代」という一つの時代を築きました。同時に写真現像所やボウリング、ゴルフなどの事業にも進出し、経営の多角化を進めていきました。
多角化時代1962 ─ 1993
経営基盤をより安定させるために行った事業の多角化は、高度経済成長の中で急速に進展していきました。昭和51年にはモノではなく「心の充足」を求める時代へと移り変わりつつありました。そのような時代のニーズに対応すべく未知の事業分野に挑んでいきました。この年に現在のアヤハディオの1号店がオープンし、それ以降、高度情報化の波をいち早くとらえて、コンピューターソフト部門やエンジニアリング部門を充実させていきました。
快適生活応援企業へ1994 ─ 現在
平成8年にかつての草津工場跡地に複合商業施設「A・SQUARE」が完成しました。地域の生活者ニーズにこたえる品ぞろえとサービスは「快適生活応援企業」というアヤハのテーマを具現化するものでした。平成9年には朝宮ゴルフコースが開場しました。
平成18年に創立60周年を迎えたアヤハはグループ企業の相乗効果を図った独自の事業活動を展開していきます。モノからコトへ、消費者が求める価値観が変化し多様化する社会で、何をつくり、どのように提供していくのか。
これからもアヤハは創業時から一貫してきた積極果敢な精神で新たなテーマに挑み、新時代を切り拓いていきます。

